精神科、統合失調症、メンタルヘルス、うつ病、心療内科

小島一郎の新幹線殺傷事件を見て思うこと

残忍な事件

2018年6月9日新幹線が小田原を通るときに起きた事件。20代男性が新幹線内で刃物をふりまわして2人の女性を傷つけ、1人の男性を殺害した。昔、仕事で小田原にお世話になったことがあったが、小田原で事件ってよく起きるんですよね。一昔前も新幹線内で油をかぶって火をつけて自殺を図った人も小田原を通るときに起きました。小田原液は東京出発して品川・新横浜を過ぎて、出発から30分くらいたった時に通過する駅だから、その辺になると犯人は決心がつくんだろうね。小田原駅も不運な駅だな。

 

密閉空間のセキュリティー問題

2018年6月9日新幹線で起きた殺傷事件を受けて色々な人が色々な意見を述べている。そのひとつが新幹線のセキュリティー問題だ。新幹線内は密閉空間で小島一郎のような変な人が刃物を振り回し始めると逃げるに逃げれない。もっと新幹線のセキュリティーをしっかりしろ!という意見がある。

たしかに中国に旅行に行ったことがあるが、電車に乗るだけでも、警備員がいて荷物チェックを受ける。すごい簡単で「本当に確認しているのか!?」と感じてしまったが、表面上だけでも警備していた。

日本でも新幹線に乗る人達に荷物チェック・身辺調査・ID確認などセキュリティーを強化しろと。確かに事件の抑止力ができるし、警備員が1車両につき1人~2人くらいいてくれれば安心だ。1駅1駅の間が長くて逃げ場所がない新幹線内で安心して乗車できるのは良いことだ。

JR側はセキュリティーを完全にするほど人員やコストが負担できない、乗車に間に合わなくなる、ということでセキュリティーを今以上に強化することは困難、という意見だ。セキュリティー強化を強く要望するのであれば、切符代は高くなるだろうし、新幹線の本数は少なくなり、満員気味な状態で新幹線に乗車しないといけなくなる。そこまでしても、セキュリティー強化を望むか・望まないかの選択に最終的になるのだろうと思う。

 

でももっと大事なこと

セキュリティー強化をすれば事件は1/10~1/100くらいにはなるのだと思う。でも小島一郎みたいな「人生を捨てた」「やけくそ」な犯罪者はそんな中でも事件を起こすのだろう。新幹線だけじゃなく電車内・公共施設など事件を起こす場所はいくらでもある。やろうと思えばどこででもできる。

セキュリティー強化も大事なのだが、もっと大事なことがある。それは小島一郎のような社会から拒絶された孤独な人をどうやって減らすのか、ということだ。小島一郎という人物を一から十まで知っているわけではない。ただ第一印象を見ると感じるものがある。おそらく自閉症傾向があるんだろう、と思っている。自閉症って何?という人がいると思うので簡単に表現すると「コミュニケーションが苦手」とイメージしてもらえればいい。コミュニケーションが苦手だから仕事についても、人間関係でギクシャクしてしまいすぐに辞めてしまう。本人はなんとか仕事を続けたいと思っていてもなんだかんだギクシャクして辞めてしまう。「自分は価値がない人間なんだ」退職を繰り返すたびに、就職失敗を繰り返すたびに、そういう気持ちになるのも不思議ではない。

辞めた後は友人も少ないから誰とも会話をすることなく、繋がることもなく、ただポツンと孤独に生きていくことになる。本当に孤独なのだ。社会とのつながりがなくなる。

私自身も高校くらいに引き篭もる経験をしたことがあったが、そのときは本当に孤独だった。社会的孤立状態で辛い気持ちは、唯一、話をする家族に向けられる。私が引き篭もっていた時期は本当に心がドロドロしていたし、うっぷんとしていた。何か怒りが心の中で沸々と湧いていた。

誰かに救ってもらいと思うのだが、知的障害でもないし、事件を起こしているわけでもないし、精神疾患を患っているわけでもない、から医療の対象でもなかったし行政の対象でもなかったし、警察の対象でもなかった。助けを求めていても、求める先がなかったのだ。小島一郎を見ていると、確かに許されないことをしたが、孤独の行き着く最終地点まで行ってしまったのだなと思う。こんな悲惨な事件が起きる前になにかできたのではないかと思う。 

 

我々ができること

医療・福祉・行政で働く人達が小島一郎のような社会的孤立している人達と接するしかない。だってお金ももらえないのに小島一郎のような人と果敢にも話をしたいと思うか?そんな人達はいないだろう。

我々、医療・福祉・行政で働く人達はお金をもらっているから、果敢に小島一郎のような人達と積極的に接する。「結局金か・・・」とか感じる人もいるが、でもそれが現実だ。お金でももらわなければ積極的に会おうとは思わないだろう。

我々ができることはとにかく孤立状態に陥っている小島一郎のような人、家族と会って話を聞き、良いところを探して小さなことでもいいから褒めてあげることだ。どんなことでもいい。話を聞いて褒めて褒めて褒めて・・・。孤立になっている人はたいがいは自信がなくて他の人と接することに怯えている。まずは自信をつけさせてあげることが大事だ。褒めて嫌な気持ちになる人はいない。褒めて自信をつけさせて「少しは社会に一歩踏み出して社会と関わってもいいかな・・・」そう思わせることから始めることが大事だ。そういう風に思うまでどれくらい時間がかかるかは分からない。数週間で思う人もいれば何年もかかる人もいる。結局最後まで思わない人もいる。だけれど「俺社会でやっていけるかも」と思わせる小さな小さな可能性を信じながら、お金をもらっている医療・福祉・行政スタッフが関わりつづけるしかないのだ。

「休職飽きました」復職を急ぐ休職者

急増する休職者

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地方公務員のメンタル休職者が赤線だがグングン急増している。地方公務員安全衛生推進協会出典の統計だが、10年前の1.4倍、15年前の3倍にまで急増している。休職者の6割~7割くらいはメンタルで休職していることになる。メンタル休職者が増えている原因は正直分からないけれど、①メンタルで休んでいいんだ!という世間への周知が広まっている、②文化が進化してきて求められる仕事のレベルが高くなった、③最近の日本人が軟弱化した。①~③くらいが考えられる理由か。個人的には①が主な理由かと思う。同僚でもメンタルがやられて休職している人がいたのだけれど、総務課・人事課も慣れたもので、受診→診断書→フォロー、と見事なまでの流れ作業を見た。世間でも十分知られてきているんだろう。

 

まずは休職して休むのが大事

仕事でメンタルがやられたらまずは休みましょう。薬とか入院とかじゃなくて、とにかく休職しましょう。「自分に任せられている仕事がある」「仕事休むと周囲に迷惑がかかる」言っておきますが、あなたの仕事は誰か他の人がやってくれます。総理大臣だってコロコロ変わることができるのだから、あなたの仕事があなたしかできないなんて思い込みですよ!あなたがいなくても仕事はまわりますから!そんな変なプライドは捨ててとにかく休みましょう。逃げればいいんですよ。

 

気持ちが復活してくる時期

休職して1ヶ月くらいしてくると、やられたメンタルが復活してくる。寝れない・食事が喉を通らない・吐き気がしてくる・フラフラする・・・いろいろな摩訶不思議な症状がこれでもか!というほど出てくる。休職してしばらくしたら、こんな摩訶不思議な症状がだいたいなくなってくる。そのまま症状が残る人もいるのだけれど、だいたいはなくなっている。気分の落ち込みもなくなってくる。

 

あせる時期

仕事を1ヶ月休んでくると「そろそろ首にならないかな」「同僚が悪口言ってないかな」「気まずいな」「家族も最近冷たい気がする」と気持ちがソワソワして、今まで気にならなかったことが気づいてくる。ここであせって復職しても再休職になる。だって人間関係とか仕事量とかが原因でメンタルやられているんだから、そこを職場と交渉して修正してから復職するようにしないとダメなのだ。あせって復職せず、ここはグッと腰をすえて自分自身・職場と向き合おう。あわてて復職したら家族は一時的には安心するのかもしれないけれど、2度3度再休職を繰り返す方が家族にとって大きなデメリットになってしまう。

 

自信を取り戻す時期

あせる時期が過ぎると「もうどうにでもなれ!」と開きなおれるようになる。仕事でのストレスから開放されてきて「一体自分は何に悩んでいたのだろう」「復職して職場に行くなんて今の自分には余裕だぜ」とか調子に乗ってくる。ちょっとその自信どうなの?とか思ってしまうのだけれど、まあそこは良しとして、メンタルが復活しているこの時期に職場と復職後の交渉をしていこう。異動も意外と受け入れてくれる職場が多い印象を受ける。2~3割は融通をきかしてくれると感じる。会社も結構優しいな、と重いながら日々診療をしている。

 

「休職飽きました」復職を急ぐ休職者

時々、「休職飽きました」とか言って復職可能の診断書を書いてくださいとか言ってくる人がいる。そういう人にかぎって「復職する自信がスゲーあるんで」「もう病院来なくて大丈夫です」「薬いらないです」とか言っていたりする。休職をあれほど望んでおきながら「休職飽きました」と言えるメンタルもすごいな、とか思うのだけれど・・・。「休職飽きる」くらいしっかり休みをとれて、飽きると感じるほど自信を取り戻している証拠なのだろう。ここで復職の診断書をおいそれと書くと失敗することが多い。自信と現実は全然違って週5日でフル勤務を開始すると1年もたたないうちに再休職になるケースが多い。早い人だと2週間もたなかったな。「休職飽きました」と言っているということは、そろそろ職場と数ヶ月くらいかけて、少しずつ試し出勤をして、勤務の条件を交渉している段階にいるという意味だ。決してすぐに復職していいわけではない。「休職が飽きた」からと言ってすぐに復職しないようにしよう!

治らない精神患者の不満

そもそも治らない病気が多い

現代医学の進歩のおかげで病名の解明や新しい治療方法の開発が進みたくさんの病が治るようになってきた。C型肝炎も新しい飲み薬が出来て今までの治療方法と比べ物にならないほど治癒率が高まってきているそうな。肺癌も新しい遺伝子異常が原因の肺癌が見つかり、遺伝子変異をターゲットとした新薬が開発され劇的に効く患者が出てきた。

そんな現代医学の進歩がクローズアップされていると、患者達はまるで「どんな病気も治るのではないか」という錯覚を持って病院を訪れる。「治してくれて当たり前」と考えて病院に来る。そもそもタバコがんがん吸って、食べまくって酒飲んで病気になって病院に来て「さあ!現代医学で治してくれ!治って当たり前だよな!」的な態度で来る患者を見るたびにイラっとしてしまう。そんなすぐイラっとしてしまう自分の修行不足なのか、他の医者達もそう思っているのかは聞いたことがないから分からない。

精神患者も同様だ。薬で治る精神疾患もたしかにはあるが、どうしても一定数、どんな治療を試みても治らない患者がいる。診断が間違っているのか、選択した薬が悪かったのか色々試行錯誤するのだがどうしても良くならない。現段階でも治らない病気、解明されていない病気というのは山ほどあるのだ。

精神科に初めて訪れる患者は病院に来たら全部治してくれるのではないか、何か画期的な治療をしてくれるのではないか、と過剰な期待を寄せて病院を訪れる。しかし現実は治らない病気ばかりなのだ。スッパリ良くなる病気は2~3割くらい?なのではないだろうか。正確に計測したわけではなく体感でそう感じる。

 

患者の不満は看護師・医者へ

「よし!病院でなんでも治してもらうぞ!」と意気込んで通院・入院するものの、実際は治らないことが多いので、期待と現実のギャップに患者や患者家族は大きく落胆する。スッキリよくなれば患者も満足だし、診ている医者・看護師たちも気持ちよく仕事ができる。退院のときなんて気持ちよく「治って良かったね!」なんて気の利いた言葉でもかけられる。

一方、治らない患者の場合、患者本人・家族の不満がチリが積もるように溜まっていく。ドロドロと蓄積していく。そんな不平・不満は看護師・医者に向けられることになる。「この病院の対応が悪い」「なんで手厚く介護・看護してくれないんだ」「携帯電話を何でベッドからかけたらダメなんだ」「ご飯がまずい」「スタッフの対応が冷たい」「まともに診察してくれない」「あの先生はダメだ」「主治医を変えてくれ」「まともな病院に転院させろ」などなど。これでもか!というほど不満がぶちまけられる。

たしかに一人の患者として入院して全然病状が良くならなければ文句のひとつやふたつ言いたくなる気持ちは分かるし、悪くなる現状に耐えられないのだろう。しかし、そうやって医者・看護師にぶつけられる不平・不満は着実に働く医者・看護師のやる気を削いでいく。疲弊させる。それも仕事のうちと割り切るもののやっぱりどこかで限界に達して仕事を休む人や辞めていく人達をチラホラ見てきた。ほとんどの人は仕事と割り切ってルーチンワークのような対応をとり、なんとか自分の心を保とうとする。それが患者や患者家族からしたら冷たい態度ととられてしまうのかもしれない。確かに冷たい態度なのかもしれないけれど、それはなんとか自分の心を保とうと必死にもがく医療関係者の防衛策なのだ。

 

看護師のストレスは医者へ

患者や患者家族の不平・不満は看護師か医者にぶつけられてくる。医者は不平・不満を言われてもただただ耐えて患者と向き合っていくしか方法はない。事務長や院長に相談したところで、そもそも治らない病気なのだから答えが出るわけではないから、ただただ耐えている。医者どうしでグチをこぼして紛らわしている同僚もいたりする。実際に主治医として患者を担当すると治らないことに対する患者の不満にじっと耐えることが多くなった。本当に心身すり減らす気持ちで向き合ってきた。

看護師に怒りが向けられた場合は看護師も辛い思いをする。治らなくて日々弱っている患者の看護をする姿を見ていつも「申し訳ない」という気持ちで一杯になってくる。自分が看護師の立場になって、日々弱っている患者のオムツを変えなければいけない、食事の介助をしなければいけない、となったらどれだけしんどい気持ちになるのだろうか・・・そう思うといたたまれない。

看護師のストレスは医者に向けられることが多い。「患者さんが全然良くならない」「治療方法が間違っているのではないか」「他の医者にも相談してくれ」「他の医者に患者をふってくれ」「自分でできないなら大きい病院に転院させろ」辛らつな言葉や陰口が医者に向けられる。

医者は結局患者本人・家族・看護師からの不平・不満を受け入れるしかないのだ。日々臨床に携わってきて、腕の良さとかも大事かもしれないけれど、治らない患者に向き合う度に「忍耐」「耐える」というチカラをつけさせてもらっているような気がする。ただただ耐える。この忍耐力も医者として重要な力なのだろう。でも本当にピークまで達すると辞めたくなってくる。はあ・・・辞めたい。この苦しみから逃れたい。辞めたらどんなに楽になるのだろうか。

うつ病の入院する基準、入院して良くなるのか

うつ病の入院する基準

最初に言っておこう。入院してうつ病がスッパリ良くなる、なんて甘い期待はしない方がいい。

うつ病の入院する基準は「死が緊迫しているかどうか」になる。リストカットみたいなナンチャッて自殺ではなく、ガチで自殺しようとしている場合は自殺したいという気持ちがなくなるまで入院することはありえる。腹を実際に包丁で切って入院してきた患者もいた。それくらい本気で死のうと思ってる人であればとにかく入院しよう。

他にありえるとしたらうつ病がひどすぎて食事を全く食べなくなったら入院して無理にでもカロリーを入れることはありうる。数日くらいなら食事をとらなくても大丈夫だが1週間くらい食事を全くとらなくなってきたら危ない。入院で対応するのがいい。数日くらいなら失恋したくらいでも食べないからおおげさにしなくてもいい。

うつ病で幻覚妄想状態になることが稀にある。「体中が腐っている」「私は罪深い人間だ」「グルになって私を陥れようとしている」など幻覚妄想状態があると日常生活をまともに過ごせないだろうし、周囲も困る。その場合は入院でいいだろう。

 

入院して良くなるのか

何度も言うようだが入院して完全にうつ病が良くなることはない。「切迫している死の危機」を一時的に避難する意味であれば入院に意味がある。ただ「気持ちが落ち込む」「休職中で家だと引きこもりになって気持ちが塞がる」「通院で長年医者にかかっているのだけれど全然良くならない」というような場合は入院にあまり期待しない方がいい。外来通院で色々薬を試したのだけれどなかなかスッキリ治らないのならやっぱり治療は難しいのだ。入院したら内服調整がしやすくなるのだけれど、結局いろいろ変えてみたのだけれ治らなかったね。残念。退院ということがおうおうにしてある。

医者、心理士、看護師などと話ししたら、すごい良い言葉を授かって何か目覚めるんじゃないかと期待する人もいるかもしれないが、残念ながらそれもない。我々病院は寺ではない。目が覚めるほど良い言葉はかけられない。西洋医学の治療のメインは”薬”になる。カウンセリングなんて名前だけでしょ。医者との面談をカウンセリングといえばカウンセリングになるし、雑談をカウンセリングといえばカウンセリングになるのだ。ただ単に「カウンセリング」と言いたいだけなのだろう。カウンセリングで治すとか言っている人がいるが、本当か?と眉唾ものだ。言葉や会話だけで治るのなら病院にまで来ない。言葉や会話で治るくらい軽症な方であれば、病院に来るまでもなく自ら気付いて解決策を見つける。自己治癒力がある。

 

入院費用は

お金のことはよくわからない。正確なことは言えない。一度患者さんが領収書を見せてくれたことがあるが、3割負担で食費など雑費を含めると1ヶ月15万円~25万円くらいだった。もちろん治療内容、ベッド代などで前後するだろうけれど、だいたいの目安はこれくらいだと思う。それほど高い入院費用を病院が要求するとは思えないし、精神科患者がお金持ちであることは滅多にないし。

 

家族に見捨てられる認知症老人

認知症は重度の方が扱いやすい

認知症患者は重度であれば重度であるほど大変だと思うだろう。逆なのだ。重度の方が扱いやすい。たしかに重度であればウンコをあちこちでするし、放尿は当たり前。あちこち歩きまわるし、話しかけても何にも返事をしない。人間は赤ちゃんとして生まれて、最後赤ちゃんがえりすると言われるが、重度の認知症患者はまさに赤ちゃんがえりするのだ。かわいくはないけれど。

 

軽い認知症老人はややこしい

重度よりたちが悪いのは軽度認知症患者だ。認知症になりかけのときは確かに物忘れはところどころなので話をしてても「意外としっかりしてるなあ・・・」と感じてしまうのだけれどところがどっこい。自分のことをまともだと思い込んでるから物がなくなっても「誰が盗んだ!」とか言い出すようになる。自分が置き忘れていたなんて思いもしない。幻覚妄想は驚くほどに多様になる。「孫と妻の間に肉体関係がある」「あそこに黒い服の人がいる」「童謡が聞こえる」「玄関のノブをまわす音がする」「不倫してたでしょ!」「お金を盗もうとしている」などなど。本人はまともだと思ってるし、口が動くからうるさいっていったらありゃあしない。通院するのも一苦労。「体を診てもらおう」と言って嘘を言って家族が本人を連れてくることもある。嘘を言って連れてきたはいいけれど、じゃあ我々医者は患者本人に何て説明すりゃあいいんだ!って感じ。口が滑って「ボケてますね」と言ったら家族も本人も怒り狂う。本当に神経を使う。

 

 

最後に見捨てられる認知症患者

認知症になると家族からかわいがられる老人と嫌がられる老人に分かれる。かわいがられるのはいつもニコニコして感謝の気持ちをきちんと伝えられる老人だ。残念だからみんながみんな好かれる老人になれるわけではない。どうだろうか。1割くらいは好かれる老人、6割は嫌われる老人、残りはどっちでもいい、、、そんな感じだろうか。嫌われる老人・最後に見捨てられる老人の特徴だが妄想が激しい。とにかく激しい。口調が激しい。暴言暴力は嫌われる。嫌われた老人は自宅に退院することなく老人ホームなど施設に葬り去られる。施設に行っても全然面会に来ない。来るのは死んだとき。嫌われた老人は本当に見ていてさびしい。

老人になったらせっかくだったら好かれて最期を迎えたい。いつもニコニコ笑顔で「ありがとう」と感謝の言葉を口にしよう。

困ったアルコール依存症患者

ややこしいアルコール依存患者

アルコール使用障害と最近では言われるようになったが、アルコール依存症患者はとても手こずる。

癌患者が癌を宣告されたときにキュブラーロスという顛末をたどると言われている。

キュブラーロスというのはアメリカの精神科医で「死の受容プロセス」という概念を提唱している。

否認→怒り→取引→抑うつ→受容、という経過だ。全ての癌患者がこのプロセスに沿って感情が揺らいでいくとは限らない。

もちろん、アルコール依存の人達も全ての人に当てはまる法則というのはないけれど、結構、アルコール依存者の一面を捉えている気がする。

否認

否認:自分が死ぬということは嘘であるという病気を否認する段階。

アルコール依存症患者の場合は「私はアルコールで問題を抱えていない」と言う段階である。

アルコール依存症患者の場合はほとんどの場合、この「否認」というステップを踏む。

アルコール依存症と思っていないから精神科に通おうとも思わないし、家族に精神科に連れてこられても「退院させてください」「通院なんかしません」「私は病気ではありません」とか言ってくる。

いやいや・・・あんたが酒さえ飲まなきゃ皆ハッピーに過ごしてるんだよ!とついつい突っ込みたくなる。

本当にアルコール依存患者は治療への導入がめんどくさいし、医療者が寛容でなければやってられない。短気な性格の人だったら最初からブチ切れてるんだろうな・・・。

怒り

怒り:なんで自分が病気になったんだ!という怒り。癌患者は「なんでこんなに清廉潔白に生きてきた自分が癌にならなきゃいけないんだ!」と怒るようです。(本当か分からないが・・・)アルコール依存症患者で言ったら「なんで入院させられなきゃいけないんだ!」と怒るんでしょうね。他の身体科と違って精神化独特の出来事なのだけれど、自分からすすんで入院したり通院しない。アルコール治療のプログラムを始める前にまずは「退院させろ!」「いやまだ退院させれない!」の押し問答が繰り返させられる。人によって違うのだけれど数週間~3ヶ月くらいはかかる。アルコールプログラムどころではない。早く退院したいならさっさと入院すると諦めてさっさとアルコールプログラムを始めりゃいいのに・・・。

抑うつ

抑うつ:癌患者は癌であることを自覚して一通り怒りをぶちまけると、その後は気分が落ち込むと言われている。アルコール依存症患者であれば入院・通院を嫌々諦めている段階だろうか。この頃になると、アルコール依存患者は客観的に自分や周囲の人達を見つめ直すことができる。飲酒して人間関係や仕事や信頼がハチャメチャになったことに気付くことになる。自分の人生どん底だ・・・。そんな抑うつ期になる人が多い。

受容

受容:癌患者は抑うつ状態を抜けると自身の癌の診断を受け入れることになる。癌を受け入れて残りの人生を思いっきり生きていこう!と思う。そんな前向きな姿勢ばかりではないので、もちろん「はあ~、癌になってしまった。」「もう俺の人生は終わりだ。」と後ろ向きなまま人生を遂げる人もいるが。
アルコール依存症患者であれば、この段階になってやっとアルコールプログラムが始まって反省の念が出てくる段階だろう。「お酒はもう止めよう」「お酒はもうこりごりだ」「お酒で色々な人に迷惑をかけてしまった」と思う人もいる。アルコールプログラムを続けていれば断酒を続けている人もいるが、まあまあだいたい2度や3度また飲酒して精神科に逆戻りする。精神科に逆戻りするとまた「否認→怒り→取引→抑うつ→受容」を繰り返すことになる。


本当にアルコール依存症患者はとても手こずる。

公務員はクズばっかり

民間の休職率はどれくらいか

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上記は平成28年労働安全衛生調査からの出典だ。業界別の休職率が掲載されている。平均すると1カ月以上休職するのは全体の0.4%程度となっている。1番高いのが情報通信業1.2%、2番目に高いのが金融業・保険業で1.0%となっている。逆に低い業者は農業、林業、鉱業、採石業、砂利採取業、宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業になっており休職率は0.0~0.2%になっている。

 

公務員の休職率はどれくらいか

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上記は地方公務員安全衛生推進協会からの出典だ。メンタル休職者数が10万人あたり1337人いる。つまり、地方公務員のうちメンタル休職者は1.33%いることになる。

 

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地方公務員安全衛生推進協会2016年からの引用です。上記から分かるように、メンタル休職者が、全休職者の55%を占めています。とにかくメンタル休職者の増加が著しい。

公務員の休職率は民間より高い

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上記は民間企業と公務員の休職率を図にした。縦軸は%だ。地方公務員の休職率は約1.3%で民間企業に比べてダントツで高い。民間企業でも情報通信業1.2%、金融業・保険業1.0%と高いが、他の業種は0.2~0.6%程度におさまっている。

 

なぜ公務員にメンタル休職が多いのか

はっきりとした答えが分かる統計というのはない。ただ、臨床の現場で公務員でメンタル休職する人が多いことはヒシヒシと感じる。復職支援プログラム、リワークの現場で公務員・旧公務員があふれんばかりだ。いち臨床医として公務員に何故メンタル休職が多いか考えてみたい。

1:公務員になりたい志望が不純

 精神科を訪れる休職中の公務員をたくさん診てきたが、公務員になった動機が「安定しているから」というのが多い。はっきりと口にする人は、臨床経験から6割くらいはそうだろう。安定志向で公務員になる人が逆に休職して安定しない、というのは何とも皮肉だ。

2:職場でメンタル疾患についての教育を受ける

ストレスチェックという制度が 数年前から始まった。復職支援プログラムも始まって20年近く経過している。精神科は他の科と比べて行政との結び付きが強い。厚生労働省の指針や方針でガラリと医療制度が変わる。役所が潮流を作っていると精神科で働いていると痛感する。役所が決めたことだから民間企業に比べれば役所の職場にいち早く導入されやすい。復職支援プログラムも始めた当初は公務員がほとんどたった。最近になってようやく民間企業にも浸透してきたかな、、、と感じるくらいだ。メンタル教育や制度を早く知るのは公務員だし、いち早く使い始めるのも公務員なのだ。医師の診断を印籠のごとく振り回してメンタル休職を利用する公務員が多いのも不思議ではないだろう。

3: 税金流用が激しい

 病気休暇90日間(給与100%保障、税金から支出)→病気休職1年目(給与80%保障、税金から支出)→病気休職さらに1年半(給与2/3保障、共済組合から支出)→病気休職さらに半年(無給)→退職

普通の会社であれば税金による給与保障がないため、公務員に比べて休職期間は短くなっています。公務員の場合は、上記のように税金を使って、休職者の給与を補填をするため休職期間が長くとれるし、とりやすくなるという状況になっています。

病気休暇、病気休職にしたら即、共済組合から給与を補填するなどの制度改革が必要ではないかと思います。私達の血税を病気休暇、病気休職乱用に使わないで欲しい。